デヴィッド・ボウイとイソアワモチの意外な共通点。いつもの浅瀬の哲学

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私は、カタツムリを観察・飼育しながら、カタツムリをテーマにしたZINEや小さなアート作品を制作して販売しています。

先日、今後の販売についてあれこれ考えながらスマホをいじっていたら、偶然デヴィッド・ボウイが人生観を語る動画が流れてきました。キーワードは「浅瀬」でした。
今回は、ボウイの浅瀬の人生観と、海辺の浅瀬に棲むイソアワモチの生存戦略を重ねながら、ちょっとだけ哲学してみます。

“Never play to the gallery,”

その日、私は自分の作品のことを考えていました。
「どうすれば、カタツムリの作品は、もっと売れるのだろうか🤔」

そんな思いで眺めていたスマホから、デヴィッド・ボウイの声が聞こえてきました。

スマホからデヴィッド・ボウイの動画が流れてきました

“Never play to the gallery.”
人に気に入られることばかり考えてはいけない。

「なるほど🤔」と思って見続けると、彼はこんなことも言っていました。

自分にできると思う範囲よりも、もう少しだけ水の中へ進んでみてください。少しだけ、足の届かないところへ行くのです。そして、足がもう底に届いていないと感じるとき、あなたは、何か心躍るものを生み出すのに、ちょうどよい場所にいるのです。

David Bowie on why you should never play to the gallery

安全な浅瀬に留まるな、と。ちょっと怖い深さへ行け、と。

David Bowie on why you should never play to the gallery

この言葉が、なぜか海辺の浅瀬に棲むある生き物と重なって見えたのです。

【脳内妄想】海の底から浅瀬を目指した一匹の貝🦪

今から何億年も前、一匹の貝が海の底で暮らしていました。

何億年も前の海の底

「なんか、最近息苦しいな🦪?」

その頃、海では酸素濃度が激減するという事態が起こっていたのです。

【想像です😌】

そして、その貝は思いました。

「このまま底で暮らしていては危ないかも🦪? そうだ、もっと浅い所を目指してみよう。息苦しさも解消されるかも」

その小さな思いが、気の遠くなるような長い年月をかけて受け継がれていきました。

ある日、一匹の貝が浅瀬の岩礁に辿り着きます。

「とうとう、浅瀬に到着したぞ!🦪」

そして不思議と、息苦しさも解消していました。

息苦しさを解消した貝(想像図)

【これは、私の脳内妄想です😎】

そして、現代の海辺の岩礁にも、浅瀬で暮らす貝の子孫がいます。

イソアワモチです。

イソアワモチとは

イソアワモチ – Wikipedia

ここからは妄想ではなく、ちゃんとした生き物の話です。

イソアワモチ(磯粟餅、学名 Peronia verruculata)は、磯に棲む貝殻を持たない軟体動物で、アワモチ科に属します。

カタツムリと同じ軟体動物の仲間ですが、イソアワモチは海辺の環境に適応した、ちょっと不思議な生き物です。

干潮時には肺嚢を使って空気呼吸を行い、満潮時には背中にある鰓状の器官を使って呼吸することが知られています。

また、貝殻を持たず、背中の突起には光を感じ取る背眼を備えています。

さらに祖先はサザエやアワビのように貝殻を持っていましたが、進化の過程でそれを完全に失い、代わりに体表から苦味のある大量の粘液を分泌して身を守るという生存戦略を選んだと考えられています。

【参考資料】イソアワモチ:Wikipedia

いつもの場所の価値を、問い直してみる

つまり、デヴィッド・ボウイとイソアワモチ。

意外と「浅瀬」というキーワードで繋がって見えるのです😎

デヴィッド・ボウイとイソアワモチを繋ぐ浅瀬

イソアワモチにとっての浅瀬は、有利なこともあれば厳しいこともある場所です。酸素は豊富だけど、鳥に狙われるし、干上がる危険もある。

私たちの人生も同じかもしれません。
いつもの環境は、いつも同じ価値なのでしょうか?

そうではなく、評価の基準を問い直す余地があるのだと思います。

ボウイが「足のつかない場所へ進もう」と語ったのは、浅瀬を劣った場所と考えたからではない。

今いる場所だけを、自分の可能性の限界にしないためだったのかもしれませんね。

そう考えると、私のカタツムリの作品も、もっと恵の雨が降る場所に行けるのかもしれませんね🐌☂️

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