
先日の朝、近所のブロック塀にミスジマイマイが大量にへばり付いていました。カタツムリは、ブロック塀に含まれるカルシウムを接種するために、しばしばブロック塀に現れる事があります。しかし、なぜこんなに大量にカタツムリが!という光景でした。そこで今回は、カタツムリの群れをテーマに考察をします。
通勤途中で見つけた「カタツムリの群れ」

台風上陸を目前にした朝、自宅の近所のブロック塀を見ると、ミスジマイマイが何匹も付いていました。一匹ではありません。あちらにも、こちらにも。
「カタツムリって、こんなに集まるものだっただろうか?」
その瞬間、Wikipediaある一文を思い出しました。
「コベソマイマイは一般には個体密度は低く、マイマイ属のように群生することはほとんどない。」

私の自宅の近所は、カタツムリの種類が豊富で、関東では珍しいとされる、コベソマイマイを見かける事があります。
過去に3回野外で、コベソマイマイをみけたのですが、Wikipediaの記載の通り、1匹で悠々と湿った枯れ葉の近くを這っていました。
一方で、ミスジマイマイ(マイマイ属)も近所に良くいるのですが、群れで見かける事があります。
つまり、カタツムリには「集まりやすい種」と「そうでない種」があるらしい。
という特徴がありそうだなと考える事があります🤔
生物学の「孤独相」と「群生相」

生物は、群生と言って、とても大量に出現する事があります。
これを、生物学では「群生相」と呼び、主にバッタの生態を説明する時に使われる言葉です。
一般的に群生相(ぐんせいそう)とは、トノサマバッタやサバクトビバッタなどの昆虫が、過密な環境で育つ事をあらわし、更にそれよって形態や性質を変化させ「相変異(そうへんい)」という形態を指す時に用いられる事が多い言葉です。
逆に、孤独相(こどくそう)とは、トノサマバッタなどの昆虫が、周囲に仲間が少ないすいた環境で育ったときにとる通常の形態のことです。
ミスジマイマイとコベソマイマイの生活
ミスジマイマイとコベソマイマイは、どちらも主に森林に生息するカタツムリです。しかし、その生活の場は大きく異なります。
ミスジマイマイは、平野部から山地の広葉樹林や疎林に生息し、庭園などでも見られる身近なカタツムリです。地上から樹上まで活動しますが、特に高温・多湿の日には樹幹や枝を活発に移動する樹上性の傾向が強く、人の背丈を超える高さで見つかることもあります。また、条件の良い場所では、多数の個体が集まっている様子を観察することもあります。
一方、コベソマイマイは森林の林床を生活の場としています。日中は落葉や朽木の下に潜み、降雨時や夜間に活動します。朽木の周辺で見つかることが多く、一般には個体密度は低く、群生することはほとんどありません。また、主に関西地方に生息しているものの、関東では希少な種類のカタツムリです。
| ミスジマイマイ | コベソマイマイ |
| 樹上を積極的に利用する | 林床を利用する |
| 樹幹・枝・塀などにも現れる | 落葉・朽木の周辺で生活する |
| 比較的多数見られる(関東地方南部から中部地方東部に分布) | 個体密度が低い(関西では普通に見られるが、関東では希少) |
このように比較すると、バッタのように明確では無いにしても、カタツムリには、生物学でいう孤独相・群生相を思わせるような、生態的な対比が見られるようなのです🤔
人間とカタツムリの暮らし

森には、一匹で静かに暮らすカタツムリもいれば、条件の良い場所に集まるカタツムリもいます。どちらも、それぞれの環境に適応した生き方です。
人間もまた、一人の時間を大切にする人もいれば、多くの人と関わることで力を発揮する人もいます。大切なのは、どちらが優れているかではなく、自分らしい距離感を見つけることなのかもしれません。
カタツムリを見つめていると、「孤独」と「群れ」は対立するものではなく、それぞれの環境に応じた生存戦略なのだと教えられているような気がします。
私達の社会は森と同じ

カタツムリに人間のような社会性があるかどうかは分かっていません。しかし、彼らは落ち葉や朽木、コケなどを食べ、その排泄物は微生物によって分解され、森の物質循環の一部を担っています。一匹一匹は静かに暮らしていても、その営みは森林全体を支えているのです。
私たちの社会を、カタツムリが暮らす森にたとえるなら、コミュニケーションや協調性、思いやりは、森の循環を支える小さな営みのようなものなのかもしれません。一つひとつは目立たなくても、それらが積み重なることで、人も社会も少しずつ豊かになっていくのではないでしょうか😊
ぜひ、日頃から労わりと思いやりを持って人と接して行きたいものですね😌
ぷかまる 第十六話「ブロック塀で浮いたカタツムリ」


コメント