窓いっぱいに広がる鮮やかな「貝の名前のパラレルワールド」と「美しい言葉の世界」

生態
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最近、海外のSNSを使い始めた私は、先日ひとつの興味深い体験をしました。中国のSNS「Red Note(小紅書)」で、自宅で大切に飼育しているコハクガイ(琥珀貝)を紹介したときのことです。投稿の際、AIの翻訳機能を使い、コハクガイを中国語で「琥珀螺」と訳して公開しました。しかし、この何気ない翻訳がきっかけで、私は日本と中国、そして学名のあいだの「言葉のパラレルワールド」に迷い込むことになったのです。

コハクガイ(琥珀貝)とは

我が家で飼育中のコハクガイ

コハクガイは、学名を Zonitoides arboreus といいます。コハクガイ科に分類されるカタツムリの一種で、直径わずか5mmほどの透き通った殻を持つ、とても小さな陸産貝です。

北米原産の外来種ですが、1960年頃に日本へ入り、今では全国の平地でその姿を見かけることができます。

私はこのカタツムリを飼育していて、その魅力を伝えるべく、AI翻訳を介して二つのSNSに投稿しました。

  • 中国の「Red Note」: 「琥珀螺(Zonitoides arboreus)」と翻訳して紹介
  • アメリカの「Reddit」: 学名 Zonitoides arboreus のまま紹介

すると、中国のユーザーから意外な反応が返ってきたのです。

中国の反応:「琥珀螺」の正体

琥珀螺と書くと、中国ではオカモノアラガイ科と判明

Zonitoides arboreus は、中国では『树似带螺』と呼びますよ。中国語で『琥珀螺』と言うと、実は Succineidae(オカモノアラガイ科) を指すんです。哈哈(ハハ!)」

驚きました。私が伝えたかったコハクガイは、中国語の世界では「琥珀螺」ではなかったのです。それどころか、全く別のグループである「オカモノアラガイ」を指す言葉だったのです。

学名に忠実な「中国語」のロジック

arboreusはラテン語で「樹木」

なぜ、このような食い違いが起きるのでしょうか。そのヒントは、学名の語源に隠されていました。

  • コハクガイの学名:Zonitoides arboreus
  • Zonitoides:ギリシャ語の「zonē(帯)」に由来。
  • arboreus:ラテン語で「樹木の」「木に生える」の意。
  • 中国名の「树似带螺」は、まさにこの「樹木(树)」と「帯(带)」という学名の意味を忠実に反映しています。

一方、中国語で「琥珀螺」と呼ばれるオカモノアラガイ科(Succineidae)の語源は、ラテン語で琥珀を意味する succinum です。

つまり中国語の命名は、学名の意味や分類体系に対して、非常にロジカルで誠実に対応しているといえます。

「見立て」から広がる和名の情緒

では、日本の「和名」はどうでしょうか。

Zonitoides arboreus に「コハクガイ」という名が付けられた明確な由来は見つかりませんでしたが、日本の貝類学の先人たちの歩みにその傾向が見て取れます。

たとえば、淡水に住む「ミズコハクガイ」。これは著名な貝類学者・波部忠重博士によって、先に知られていた陸産のコハクガイに「形が似ている」ことから名付けられました。

各種の解説|福岡県レッドデータブック
福岡県の希少野生生物・福岡県レッドデータブックでは、絶滅の恐れのある福岡県内の野生生物についての解説をしています。

さらに、中国で「琥珀螺」と呼ばれるオカモノアラガイも、日本では「陸(オカ)にいるモノアラガイ(淡水の貝)に似たもの」として命名されています。

日本の命名文化には、分類学的な厳密さ以上に、「既にある馴染み深いものに例える」という「見立て」や「連想」の美学が息づいているようです。

ズレが紡ぐ物語 — カキツバタの迷路—

この「見立て」による名前の広がりは、時として不思議な「ねじれ」さえ生みます。

例えば、二枚貝のカキツバタ(燕子花牡蠣 / Pretostrea imbricata

この和名は、植物のカキツバタに形が似ていることから付けられました。

1967|Pretostrea imbricata|カキツバタ

しかし、その植物の「カキツバタ」という漢字(杜若・燕子花)自体、実は古代中国の文献を取り違えて伝わったものだという説があります。

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名前が海を渡り、時代を超えて「別の何か」に見立てられるうちに、対象と名前のあいだに幸せなズレが生じていく。それは、単なる間違いというよりは、文化が混ざり合いながら豊かになっていくプロセスのように思えるのです。

言葉のパラレルワールドの向こう側に

こうして辿ってみると、学名、中国語名、日本の和名は、それぞれ異なる視点と文脈で世界を切り取っています。

同じ一つの命であっても、どの窓から覗くかによって、全く別の物語(パラレルワールド)が見えてくる。翻訳ミスから始まった今回の体験は、私にそんな「世界の多層性」を教えてくれました。

日本のことわざに、「いずれ菖蒲(あやめ)か、杜若(かきつばた)」という言葉があります。

いずれ菖蒲(あやめ)か、杜若(かきつばた)

どちらも美しく、優劣をつけがたいという意味ですが、貝の名前に宿るさまざまなルーツもまた、どれが正しいというより、それぞれに固有の美しさと物語があると感じています。

琥珀色の小さな殻に導かれ、突然、言葉の迷宮に忍び込んでしまった。。。

そんな貝の名前のパラレルワールド体験なのでした。

ぷかまる 第三話「布団の上のパラレルワールド」

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